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世の中には9000万円で解決できないことはたくさんある。

かんぱい

お金があれば、大概のことは解決できるというが、お金では解決できないことはたくさんある。そもそも9000万円が問題を大きくしてしまった感じがある。お金は嫌なことも運んでくるのだが、お金の使い方を間違うととんでもないことになるなあ、という教訓にはしておく。

生命に関すること

お金ではどうすることもできないのが、生命に関することである。いくらお金を積まれても、人殺しをしてもいいことにはならない。しかし、お金の価値を見誤ると、9000万円で、人を殺してもいいと、思ってしまう人がいる。お金があると何をしてもよい、と思ってしまう人がいる。お金がある人は、お金がない人を見下し、わけもなく支配しようとする。これは、本当に嫌なことだがお金で、人は変わってしまうのである。

お金の必要のない人に必要以上のお金を渡す。

お金で、人を支配できると思っている人はいるが、本当に常識のある人は不要なお金は受け取らない。なぜなら、税金関係がややこしいからである。もし、9000万円上げるといわれても、まず初めに考えるのは、「贈与税いくらかかるんだ。」贈与契約書とかややこしいなあ。未来がごちゃごちゃするんだったら、お金は受け取らないことである。脱税して受け取った金で、成功したら、絶対税務署かくるので、お勧めしない。

お金自体には価値がない。

お金を手に入れて、いい気になって無駄遣いしてしまうのは、本当に注意しないといけない。お金をつかうのも結構体力のいることである。たぶん9000万円の代償は大きい。9000万円は余計な厄介ごとの金額である。9000万円で、やりたいことがなければ、9000万円なんて何の価値もない。

正直、とつぜんの9000万円は、なかなか厄介なものであるし、これで何とかなると思っているのは、本当にいやらしいと思うのだが、お金で、人が変わる人もいるから、そういう人にお金をちらつかせるのなら、その世界ではありな行動かもしれない。

銭ゲバと呼ばれる人は案外多い。

年金どうなる? 国民皆投資時代! まずはNISAを始めよう!

シロツメ草

日本の現行の国民年金制度は1961年に始まりました。この制度は賦課方式に基づいており、現役世代が年金保険料を支払い、その保険料が高齢者の年金支給に充てられる仕組みです。これは、若い世代が現在の高齢者を支え、将来自分たちも支えられるような仕組みとなっています。このような世代間の支え合いが、国民年金制度の基本的な考え方となっています。

年金制度の課題

国民年金制度が始まった頃から、高齢化社会への対応が課題として存在しました。当初は比較的若い世代が多かったため、制度が十分機能していたと言えますが、将来の高齢化への備えが不十分だったという指摘もあります。1961年の制度開始当初は、高齢者の割合が比較的少なかったため、現役世代が保険料を支払っても支払われる年金額が相対的に高かったと言われています。しかし、高齢化が進むにつれて、年金を受給する高齢者の数が増え、そのために若い世代の負担が増加していくことが予測されました。

当時の現役世代、団塊の世代と呼ばれる人たちが保険料を払っているときは、支払う年金の負担が少なく、良い制度だということで受け入れられた。しかしそれは、問題を先送りにしただけだ。その団塊の世代と呼ばれる人たちが、年金を受け取る側になった時、どうなるか。社会にどんな負担があるかは、十分想像できただろう。

  • 財政的負担の増大
  • 労働力人口の減少
  • 制度見直しの必要性

現行の国民年金制度も未来のことは考えられていない。冷静に考えれば無茶なスキームである。

現行の年金制度はほぼ破綻していると言っても良い。国民年金を満額支払ったところで、月額7万円に満たない。家賃を支払うと生活ができない。物価は上がっていく。この金額では誰かに扶養されることが前提である。

なぜ今投資なのか。

そこで、政府は老後資金を個人でなんとかしてと国民に訴えかけている。それがイデコやNISAという制度になる。貯蓄や投資で国民に老後資金をなんとかしてもらおうという話である。これらの制度は、国民に対して積極的な資産形成と投資を奨励することで、将来の年金受給に備えることを目的としています。公的な年金制度だけでなく、個人の自己責任に基づく資産形成が重要であるという政府の考え方が反映されています。

しかし、これまで、触れてこなかった投資というものについて、国民は大きな不安がある。なぜ投資なのか、投資は本当に大丈夫なものか。

国の新たなスキームNISA

NISAを不安に思うのは無理はない。国はNISAを利用することを強く勧めている。何か裏があるのではないか。

もちろんこれは、今の国民年金制度を打開する新たなスキームである。今の国民年金制度や国民年金に不平や文句を言っても仕方ない。結局はNISAやってほしい、自己責任だけどね。

国民が投資に意識が行き、興味を持ちどんどん始める人が増えれば経済はどんどん回り、NISAやってる人もそうでない人もうまく行くだろう。このスキームにも終わりがある。最後の人がNISAを始めた時、もう資金は増えず、国はまた新たなスキームを考えなくてはならない。

その時が訪れるまで、騙されてNISAを早い目にやっておこうではないか。

バブル突入!? 消費のすすめ。お金は貯めるな。

不安な画像

貯金、貯金と言われる昨今。そして、バブル期を体験した団塊の世代は年金が少ないと嘆き、現役世代からはどうして景気の良い時にお金を貯めなかったのかを責められる。そんな中、日経平均株価がバブル期の株価を超え、4万円台を超え、マイナス金利解除という利上げ。物価上昇の兆しと賃上げ。好景気の準備は整った。あとは「消費」。貯金者たちは如何に消費者になるか。

なぜバブル期にお金を貯めないのか。

なぜバブル期にお金を貯めないのか。それはお金の価値が下がるからである。一生懸命お金を貯めた人には申し訳ないが、貯めた一千万円の価値はバブル期には下がってしまう。今まで苦しんで貯めた1千万円はすぐに手に入る。お金など持っていても仕方ないから使う。そんなメンタルが蔓延する。価値観の変化というものである。金は天下の回りもの、宵越しの金は持たない。お金がなくなれば、借金すればいい。いくら借金してもいくらでも貸してくれる。もうお金の心配はいらない。使わな損。いちおうご利用は計画的に。お金を貯めることよりもお金が回る。キャッシュフローが上手くいく。バブル、それが貯金するよりも大切なのである。

バブル期、一体何にお金を使ったのか。

  • 飲み代(クラブ、バー、女、ホスト、奢る、タクシー)
  • 高級品(ブランド、着物、時計)
  • 習い事(英会話、スポーツジム、伝統芸能)
  • 旅行などサービス(国内、海外旅行、飲食、ホテル)
  • 必需品(家、車、電化製品)
  • 不要なもの(ギャンブル、詐欺、ネズミ講、保険)

誰も彼もが、夜を通して遊びまくり、カラオケで疲れ、会社に行く。安い服を着ることを恥ずかしく思い、なんでも高級品を持つ。ただバブルを経験した彼らの悪いところは不景気になってもその魂が変わらないところである。あの時は楽しかったと同じことをやろうとしてしまう。今、好景気が来るとして欲しいものがあるか、何が売れるか。着飾ったところが自分。高いものが良いものだと信じ、金を出すものが偉いという時代がこようとしている。平成時代の価値観「等身大」「自分探し」はもはや必要ない。お金はあってもなくても人を変える。

貯金をなぜ勧めないのか。

  • 災害リスク
  • お金を持っていても騙されるだけ
  • 死んだらお金を使えないから

災害リスク

貯金をすすめない理由の一つに「災害リスク」があります。日本は災害の多い国です。こんな国でお金を貯めていても、予期せぬ理由で0になる事もしばしば。それならば使ってしまおうということです。お金を使うと経験になります。何物にも変え難いものにお金を使ってしまいましょう。

お金を持っていても騙されるだけ。

お金を持っていることがわかると、いろんな悪い人が寄ってきます。その人はあなたからお金を奪おうとします。一生懸命貯めたお金はいずれ他人のものになります。それよりは自分で使った方が良いでしょう。

死んだらお金が使えない

死はいつ訪れるかわかりません。それまでにお金は使ってしまいましょう。

消費の波に乗り遅れるな。

近頃は借金が200万円でも、思い悩み人生を絶ってしまうような悲しいこともある。バブルが訪れると200万円の借金なんて大したものではなくなる。その代わりすごい金額の借金を背負うものまで現れる。この点はご利用は計画的にである。詐欺られる金額も大きなものになる。100万くらいま、いいかあ、騙されたことにすら気が付かず、虚栄心が満足すればそれでいい。景気がいいとは結局は使うお金も増える。消費することは貯金することよりも簡単である。バブル、好景気は大イベント。消費の波に乗り遅れるな。

証券会社に騙されないために気をつける3つの事

怪しい人

新NISAが始まり、なんとなく投資始めなきゃなあと思っている。そんな人は証券会社の絶好のカモ。そもそも、投資とギャンブルの区別がイマイチついていない場合は証券会社の言いなりにお金を出すことは充分に注意してください。そもそも投資は自分で考えて自分が良いと思うものに投資するのが基本です。

ハイリスク、ハイリターン

投資はリスクを負う事により、多くのリターンを得ることが可能です。証券会社はリスクにはあまり触れず、いかにリターンが大きい商品かを説明します。しかし、投資において、リターンが大きいということはリスクが大きいということ。リターンの金額分はリスクが伴います。また、その商品の取引には手数料が伴います。その手数料が高額である事も注意する点です。

プロの私たちがサポートします。

投資初心者である場合、証券会社は親切にしてくれます。悩んでいるあなたにこのこうなことを言うかもしれません。「プロの私たちがサポートします。」それなら安心、契約してしまおうなんて思ってはいけません。相場は誰にもわかりません。上がるのか、下がるのか。そのような重要なことを自分では考えずに証券会社に任せてしまっては、いずれ大きな損害を被る事になるでしょう。

ちょっと難しい仕組みの商品を勧めてくる。

証券会社はちょっと、理解の難しい商品を進めてきます。為替、債権、などが複雑に入り組み、その内容は細かな契約書をしっかり読んでも内容がわかりずらいものです。しかし、それを分かったふりをして、契約してしまうと自分の資金を失う事になるでしょう。

しっかり勉強して投資しよう。

投資は決して悪いことではありません。しっかり自分で勉強して投資しましょう。わからないものに投資することだけはやめましょう。自分の得意な分野、理解できるものに投資することをお勧めします。

3つの違和感! 容疑者はなぜ岡山に行ったのか?

以下の内容は、執筆者池乃まれおの妄想です。妄想なので事実と異なることも多いです。

この事件の大筋。

7月8日金曜日、元総理が銃弾に倒れた。容疑者と見られる男はロスジェネ世代の41歳。派遣で働き、現在は無職。自衛隊にいた経験がある。「無敵の人」と呼ばれる類の犯行と思われたが、動機は宗教団体にあるという。いったいどう言うことなのか。真の目的は政治と宗教の癒着を国民に問うものだったと思われる。まるでドラマか、時代劇でも見ている様なそんな事件だった。

今まで、「赤穂浪士」や「曽根崎心中」は脚本家の創作だと思っていたが、小説の様な事件は存在するのだと言うことを知った。

よくできたシナリオの粗探しをしていく。

1元自衛官を強調する報道の違和感を検証する。

事件が起きた当初より、この男が元自衛官である事が強調して報道された。これは、自衛官であるから、武器の扱いに慣れていたという印象操作より、もっと重要なことを知らせるためだった。それが、この男が日本国民であること。決して外国人が起こした犯罪ではなく、日本国民が起こした犯罪であることを、知られるためだったと思われる。ひいてはこの問題は日本人の問題であることを日本国民に伝えるものであった。江戸時代の直訴がお上に訴えたものなら、これは民主主義の世の中に日本国民に訴えたものである。

2岡山に行ったことへの違和感

物語としては、元総理殺害を考えていたとして、偶然にも犯人が暮らしている奈良に元総理が来ることによって成立する。わざわざ岡山に行く必要はない。岡山に行ったが殺せず、次の日偶然にも、総理が奈良に来る。どちらにしても偶然が必要である。この容疑者はあまり無駄なことをしない印象を受ける。仮に岡山で暗殺を試みたとしても、十分な結果は得られないことは、想像できる。岡山に行くのは無駄足である。それでも、なぜ、岡山に行ったのか。それは行く必要があったからである。それは何か。それは手紙である。

3ジャーナリストに宛てた手紙の違和感

普通、動機めいたものを書いた手紙を、事が成就する前に投函するだろうか。しないだろう。万が一失敗するかもしれないし、足がつく可能性がある。私だったら、ああ言う手紙は、私が死んだ後にとか、事件が起きた後に投函してもらう様に頼む。容疑者はきっとその様にしたはずである。誰かに頼むと言うことは、その人物は少なくとも仲間である。仲間に自分が警察に捕まった後に手紙を投函してもらうように言っていただろう。なぜ岡山に行ったのか。それは巧妙なアリバイ工作と言えるかもしれない。

4消印のついた手紙を送る方法。

では、消印のついた手紙を送る方法はあるのか。切手に消印を押してもらうことは可能である。それをそのまま送ることは、もしかしたら万が一可能かもしれない。でも確実な方法がある。郵便局で、手紙に消印を押してもらった後、さらに封書に入れることである。そこに手紙を入れておく。「送った人に迷惑がかかるので、外の封筒は破棄してください。」これで岡山の消印をつけたまま、次の日に誰かが投函する事が可能である。

5宗教の恐ろしさと家族という洗脳

容疑者は強かで、頭脳明晰であり、本当はこの様な事件起こさなくても、十分にやっていける人物である様に思われる。有能であり、普通は無理だと思われる事が成功してしまった。有能な人間を不遇にするとこう言うことになってしまう。不遇な家庭環境は終わる事がなく現在進行形で抜け出す事が困難である。自分を大切にできない人間になってしまう。優しい人かもしれないが、人のためなら、自分はどうなっても良いという考えに至ってしまう。ねじれた家庭で育ったために自分の根底がなくなってしまう。この事件は本当に自分のために起こした事件なのか。これも一つの違和感である。ただ、容疑者のしたことで、少しでも救われた人がいる事も事実であり、国民が今まで目をつぶってきた宗教と政治の問題に少しでも目を向けた出来事である。

トルコリラを10万円外貨預金したらどうなったか。

トルコリラ

金利7%の外貨預金

今から2018年8月。4年前ほど、日本円で、貯金しても金利は増えない。ならば、外貨預金しようと思いトルコリラで貯金しようと思い立った。しかし、当時から危ない通貨だと言われていたので、5万円ぐらい貯金してみようと思った。だって、利子が7%だもの。トルコリラの価値が下がっても利子で何とかなるんじゃない? という甘い考えからだった。

外貨貯金の最低金額は10万円から。

5万円くらいで貯金しようと思ったのだが、円をトルコリラに変えるのは最低10万円からということを知る。まあ、10万円なら、元本割れそうだったらすぐにおろそうと気軽な気持ちが外貨預金する。しかし、円をトルコリラにする時に、なんと取引手数料が取られるのだ。単純に10万円をトルコリラにするのではなく、為替でトルコリラを10万円分買わなければならない。そのためには取引手数料が必要である。実際の金額より上乗せした金額のトルコリラを買う。簡単に銀行は外貨預金を勧める広告を出しているが、ほとんどの場合、この手数料については触れられていない。実際の為替より大きな利益を出さなければ、基本元本割れしてしまうのだ。当時トルコリラは1トルコリラ、21円ほど。それに取引手数料が1円近くかかってくる。10万円で22円のトルコリラを買うので、4545トルコリラくらいにとおもったら、まあいろいろあったのか、さらに減って、4040トルコリラ。買ったタイミングが悪かったのか。

残高が足りない。

一度入れたら、引き出せない!

通貨が安ければ、トルコリラがあげれれば為替で儲かるかも。そんな期待も手数料で打ち砕かれる。1トルコリラ当たり1円の取引手数料は通貨が安くなれば、安くなるほどのしかかってくる。取引手数料以上にトルコリラが値上がりしないと絶対に利益を手にすることはできない。10万円をトルコリラにしたとたん積んでしまった。引き出すにはさらに、円をトルコリラにする必要があるし、リスクが伴う。

通帳履歴

どんどん下がるトルコリラ

2022年。トルコリラ相場は、現在10円を大きく割っている。トルコリラの価値が下がっても利子で何とかなると思ったのだが、利子は7%から変わらず、価値だけがどんどん下がる。早く、引き揚げればいいのにと思うが、10万円以下の外貨預金は引き出すことができない。10万円トルコリラにしようと思ったら、11万円くらい必要になる。1万円は手数料になる。さらにそれを円に戻すともう1万円かかる。なんじゃそりゃー。1リラ20円で買ったトルコリラは現在45000円を切っている。45000円を引き出すために往復2万円近くなる取引手数料を払わなければならない。トルコリラ10万円外貨定期預金したら、25000円になって戻ってくる。このまんま、きわめて0に近くなるまで放置しなければならないのか。放置している。10万円が解けるのをじわじわ待つ。外貨預金をするなら、お金は捨てたものだと思わないといけない。これが外貨預金FXのがまし。といわれる理由の一つである。